呼応する共鳴

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィーク

 

それらしい休日を送るようになったのは、ここ数年のことだ

 

以前はサービス業へ勤めていたので

 

この時期はいつも” 稼ぎどき ”だった 

 

そのお店にとっては、年一で売上が立つときで、よく駆り出された

 

稼ぎどきというのは私でなく、店舗、会社のこと

 

 

 

 

家が職場であり、住まいでもある今

 

家へ居れば仕事をするのが常な私

 

意識を差し置いて、ごく自然に道具や材料に触れたくなる

 

 

 

休みという休みは、家を離れること

 

納品や打ち合わせで外回りがある日は、

 

お出かけのようで恰好のドライブだ

     

 

毎年 GW時期は納品に追われていて

 

今年も同じく慌しく手を動かし、

 

 

その山を越えたら必ず遠出しようと心に決めていた

 

 

 

 

 

” 西 ”に呼ばれていた

 

 

旅の前兆でもあるこのお告げは

 

まさに直感が冴え渡っている証拠で

 

行かなくちゃ!と内側が沸き立つ

 

 

 

この奮い立ちに、是が非でも従わなくてはどうかしてしまいそうだ

 

 

そして、いざ行けば、絶対的な収穫をモノにして帰路につく

 

国内外問わず

 

ぎりぎりまでわからないこともしばしば

 

 

 

3泊4日

 

相方と話し合い、とりあえず西を目指そうと決め

 

特にこれといったアテも無く車を走らせる

 

 

今回の遠出のテーマは、お買い物

 

街へ行き、あらゆる物を見、手に取り、人々を観察する

 

とりあえず、スタートは大阪市と定め

 

結果  大阪 → 神戸 → 岡山 → 大阪

 

という巡り方になっていった

 

 

 

以前から訪ねたかった場所、会いたかった人

 

無茶をしない程度に、できることならという思いで旅路に組み込んだ

 

 

 

 

岡山入りをし程無く


 

「 岡山にも人って生きているんだー 」


 

相方が目をキラキラさせてぼやいた

 

高速を降り、なんの変哲のない長閑な景色を横に車を走らせる

 

私はハンドルを握り、相方は車窓から街を、ただ、ただ眺めていた

 

 

     

 

 

私が驚いたのは、当たり前じゃん、という事実ではない

 

そう溢しそうになったのを飲みこむ

 

 

見事に、美しい一言だった

 

当たり前を客観視して、自己の概念を一旦差し引き

 

目の前に広がる、あるがままの姿を受け入れたのだ

 

 

当たり前の美しきはこれだ

 

 

 

旅好きが高じると、メンタルはメキメキと鍛えられていき

 

ちょっとやそっとじゃ動じなくなって

 

まるで何かを悟ったかのように錯覚するのだが、

 

新鮮さを常に感じ続けなければと


自分を律する時もある

 

 

 

住まう岐阜から、岡山は決して近い距離ではない

 

ニュースを見たり、インターネットで探れば

 

遠くどこかの国の情報も容易く入手できる

 

認知はできるが、全身で感じることはできない

 

 

 

” 岡山にも人は生きている ”

 

 

は、差別的な軽視に非ず

 

当たり前の自意識に疑念を抱いた、彼なりの解釈のように受け取られた

 

 

 

「 まぁね 」

 

 

と返したのは、相応の言葉を咄嗟に見つけられなかったから

 

爽快に出し抜かれた気分だった

 

 

 

これまで、ひとり旅が多かった私

 

この連休ふたり旅はとても充実していた

 

実質的に新婚旅行だったと気付いたのは、

 

間も無く企画展が開催するaxcis nalf・担当者さんが口にしたことだった

 

 

 

旅の思い出はギュギュッと、超濃厚でした

 

 

直感に従い足を伸ばすと、必ず何か新たな出会いが待ち受けている

 

 

 

呼ばれる、と私はこれらを例える

 

 

導かれる

 

が、正しいのかもしれない